2013年4月17日、1歳半を過ぎて久しい momo に、ブロックデビューさせたいと思い、学研の「ニューブロックはじめてセット2」(公式サイトのリンク )を購入した。
個人的にブロックには様々な思い入れがある。
幼少の時分、年に一度、遠くの親戚の家に遊びに行っては押入れの奥から引っ張り出してもらい、
裕福な友達の家に行けばおびただしい数のLEGOブロックのセットに憧れを抱いた。
家にもLEGOの部分的なパーツみたいなものはあったが、まとまったセットは無かったように思う。
だから小学生のとき妹ができて、親の知人から譲り受けたブロック(ニューブロックでもLEGOブロックでもない)は自分の方が遊んでいたくらいだ。
最も遊んだのは保育園の頃だ。
光差す昼寝部屋の柔らかな絨毯の上で、毎日のようにそれを広げて様々な形を作っては、大人たちに「zeki君すごいね」と言わしめたものだった。
あれから25年以上の月日が流れ、おもちゃ売り場で学研のニューブロックを見たとき、目の前にあるものが当時大好きだったそれだと分かった。
ブロックは手先の器用さを養うのは勿論だが、何より想像力を育むと思っている。
持論だが「考えること」と「想像すること」はイコールだ。
今、自分は大人になっても想像力豊かに過ごせていると思っているが、それは幼い日の触れ合いがもたらした幸運の一つでないと、どうして言えよう。
四角いパーツに棒を挿しただけのものを momo は「お花」と言う。
自分が何かを組み立て始めると「何かな~」と目を輝かせ、
それを「○○できたよ」と言って見せたとき、ややあって納得して、ぱっと笑顔になる。
「考える力」が求められる世の中、今この瞬間の戯れが momo や tomo の長い人生の一助になればと思う。